【高知・絵金蔵】暗闇で目を覚ます“血赤”の芝居絵屏風|幕末の天才絵師・絵金の生涯

高知県香南市赤岡町。古い商家の面影が残る町の一角に、暗闇の中で絵を鑑賞する少し変わった博物館があります。

その名は「絵金蔵(えきんぐら)」。

展示室で手燭(てしょく)をかざすと、闇の向こうから鮮烈な赤に染まった人物たちが浮かび上がります。描かれているのは、斬り合い、裏切り、愛憎、執念。歌舞伎や浄瑠璃の凄惨な場面が、今にも屏風から抜け出してきそうな迫力で迫ってきます。

怖い。けれど、目をそらせない。

今回は、幕末の天才絵師「絵金」こと弘瀬金蔵(ひろせきんぞう)の作品を保存・展示する絵金蔵を訪ねました。単なる“怖い絵”では終わらない、絵金の波乱に満ちた生涯と、赤岡町に今も受け継がれる芝居絵屏風の魅力をご紹介します。

目次

絵金蔵とは?高知県香南市赤岡町にある芝居絵屏風の博物館

絵金蔵は、高知県香南市赤岡町538にある文化施設です。幕末から明治初期に活躍した絵師・弘瀬金蔵、通称「絵金」が描いた芝居絵屏風を保存し、その独特の世界を伝えています。

赤岡町には、絵金や弟子たちが手がけた芝居絵屏風が数多く残されてきました。しかし、年に一度とはいえ祭礼の際に商家の軒先へ飾られてきた作品には、長い年月による傷みも見られるようになります。

大切な屏風絵を守りながら、祭りの夜に見る本来の雰囲気も伝えたい。そんな町の人々の思いから、2005年に誕生したのが絵金蔵です。赤岡に残る芝居絵屏風は、2009年に高知県保護有形文化財に指定されています。

暗闇の中で浮かび上がる、絵金の強烈な“血赤”

絵金蔵最大の見どころは、第一展示室「闇と絵金」です。

展示室は、赤岡の夏祭りの夜を再現するように薄暗く演出されています。手燭の明かりを頼りに芝居絵屏風へ近づくと、闇の中から赤や緑、黒を重ねた極彩色の世界が少しずつ姿を現します。

明るい展示室で均一な照明を当てて見る絵とは、まったく印象が違います。揺らめく光によって人物の表情や着物の色が変化し、一枚の絵が芝居の舞台のように動き始めます。展示室に流れる赤岡海岸の波音も相まって、いつの間にか幕末の祭礼の夜へ迷い込んだような感覚になります。

特に目を奪われるのが、絵金がこだわった鮮烈な赤です。自然石などを原料にした泥絵具による赤は、血や炎だけでなく、登場人物たちの怒り、欲望、悲しみまで表しているように見えます。

絵金の強烈な赤は「血赤(ちあか)」とも呼ばれます。闇と蝋燭の光の中で際立つその赤は、恐ろしさと美しさを同時にまとい、祭礼では邪気を払う魔除けの色として庶民に受け入れられたと伝えられています。

絵金とは何をした人?御用絵師から庶民の絵師へ

絵金の本名は弘瀬金蔵。「絵師・金蔵」を縮めて、絵金と呼ばれるようになりました。

金蔵は1812年、土佐藩城下の髪結いの家に生まれます。幼い頃から優れた画才を示し、江戸で絵を学んだのち、土佐藩家老・桐間家の御用を務める狩野派の絵師となりました。林洞意と号し、若くして安定した地位を手にしたのです。

ところが、贋作事件をきっかけに城下を追われ、その人生は大きく変わります。追放の詳しい経緯には今なお謎が残りますが、藩の御用絵師という立場を失った金蔵が、各地を放浪したことは伝えられています。

そして、赤岡町に住む叔母を頼って、この地へたどり着きました。

赤岡で絵金は、町の旦那衆の求めに応じ、再び筆を握ります。以前のように城や権力者のために描くのではありません。祭りの夜に町の人々が楽しむ、歌舞伎や浄瑠璃を題材とした芝居絵屏風を描きました。

一枚の画面に異なる時間の出来事を描き込む「異時同図法」。険しい表情、誇張された動き、隠された仕掛け。物語の前後まで想像させる画面には、当時の人々を熱狂させた大衆娯楽の力が凝縮されています。

絵金が生涯をかけて描いたもの。それは、単なる流血場面ではなかったのかもしれません。愛、欲望、裏切り、殺意、執念。誰の心にも潜む、人間のむき出しの情念だったように思います。

身長約182センチ。絵金は幕末の“大男”だった

絵金は「六尺の巨漢」で、大酒飲みだったとも伝えられています。六尺は約182センチ。幕末の人物としては、かなり目立つ大男だったはずです。

暗い酒蔵をアトリエにし、大きな身体で六尺四方の屏風に向かい、泥絵具を使って凄惨な芝居の場面を描く。その姿を想像すると、作品から感じる圧倒的な筆の勢いにも納得できます。

ただし、こうした風貌は写真などで確認されたものではなく、残された逸話から伝わる人物像です。絵金蔵の第三展示室「絵金百話」では、謎の多い生涯や赤岡で暮らした頃の様子を、資料やエピソードを通してたどることができます。

本物を“のぞき見る”第二展示室「蔵の穴」

もう一つの見どころが、第二展示室の「蔵の穴」です。

保存環境が整えられた収蔵庫の壁に設けられた穴から、本物の芝居絵屏風をそっとのぞき見ることができます。常時公開される作品は2枚で、定期的に入れ替えられます。

美術品を正面から眺めるのではなく、暗い蔵の中をのぞく。この少し秘密めいた鑑賞方法が、絵金の世界によく似合います。

祭りの文化を守るため、作品は一年の大部分を蔵の中で大切に保存されています。それでも本物を見てもらいたいという町の人々の思いから生まれた、小さな穴。そこから見えるのは屏風絵だけではなく、百数十年にわたって文化を守ってきた赤岡町の歴史でもあります。

毎年7月、町全体が美術館になる「絵金祭り」

絵金の芝居絵屏風が本来の姿を取り戻すのは、夏祭りの夜です。

毎年7月に開催される絵金祭りでは、赤岡町の商店街の軒先に芝居絵屏風が並び、蝋燭の灯りで照らされます。美術館の展示ケースではなく、人々が行き交う町の中で鑑賞する絵金の作品。闇、蝋燭、屏風、祭りのざわめきが重なり、赤岡の町全体が妖しく巨大な美術館へと変わります。

百数十年前の人々も、同じような闇の中でこの絵を見たのでしょう。絵金蔵を訪れた後に祭りを見ると、作品が町の暮らしとともに受け継がれてきた意味を、より深く感じられるはずです。

絵金蔵を訪れて感じたこと

訪れる前は、絵金を「血みどろの怖い絵を描いた人」とだけ捉えていました。

しかし、作品を見て、その生涯を知ると印象が変わります。

御用絵師としての地位を失い、城下を追われた男が、赤岡の町で庶民のための絵師として生き直した。彼の芝居絵屏風には、きれいに整えられた美しさではなく、どん底から再び筆を握った人間の生命力が宿っています。

だから怖いのに、目をそらすことができないのでしょう。

暗闇に浮かび上がっていたのは、血赤に染まった芝居の場面だけではありません。一度すべてを失った大男が、生涯をかけて描いた「人間そのもの」だったのかもしれません。

絵金蔵の基本情報・アクセス

  • 施設名:絵金蔵(えきんぐら)
  • 所在地:高知県香南市赤岡町538
  • 開館時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
  • 休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始
  • 電車:ごめん・なはり線「あかおか駅」から徒歩圏内
  • 車:高知龍馬空港から約15分、南国インターチェンジから約30分

開館日や料金、企画展示などの最新情報は、訪問前に絵金蔵公式サイトでご確認ください。

まとめ|高知観光で味わいたい、暗闇と血赤の世界

高知県香南市赤岡町の絵金蔵は、作品を明るく照らして説明するだけの博物館ではありません。

闇の中で手燭をかざし、蝋燭の炎に揺れる芝居絵を見つめる。そこでは絵金の作品が、百数十年前と同じように再び動き始めます。

土佐藩の御用絵師から、庶民に愛される町絵師へ。波乱の生涯を歩んだ絵金が描いた、人間の愛憎と生命力。

怖いものが苦手な人にも、美術や歴史に詳しくない人にも、一度は体験してほしい高知の文化です。高知市から香南市、安芸方面へ出かける際は、赤岡町の絵金蔵へ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

暗闇の中で目を覚ます“血赤”の世界が、きっと忘れられない記憶として残るはずです。

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